■映画を観て、ソーシャル上の個人と実際に会って話す個人とはどのような違いがありますか。映画だけでなく、個人的な体験も交えて(ソーシャルメディアを利用しないひとであればメールでも可)述べてください。
ソーシャル上の個人の大きな特徴は「自分ではない自分を作り上げることができる」すなわち、自分を偽ることができるということだと思います。名前から始まり、顔、性別、年齢、性格、経歴、なんでも嘘をつくことができます。このことは映画からも分かりました。
人間には5段階の欲求があるとマズローは言っています。
画像お借りしました:http://blogs.yahoo.co.jp/shin_ich/60916576.html
そのうちの、社会的欲求と自我欲求。
これらは
・社会に加わりたい
・社会で承認されたい
・個人として認められたい
・そして評価され尊敬されたい
などとといった人間の欲のことです。
この欲求を満たすことができる最適な場所の1つが、
SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)です。
普段の自分を知っている人以外とも通じ合えますし、
自分で自分自身を表したいように表せます。
いくつかのSNSにはアバター(すなわち自分の分身を作り出す機能)があり、
自分に好きなようにアバターをコーディネートできます。
そのアバターはプロフィールの顔となるわけですから、
印象を決定づける機能とも言えます。
これをコーディネートできるということは、
相手に与える印象を操作できるということです。
現実世界とは違った自分を作ることができるということはとても魅力的ですが、
現実とは違った偽りであるということを自覚する
誤った使い方をしない
ということが最低限守らなくてはならないことだと思います。
私はTwitterで知り合った女の子と実際に会ったことがあります。
顔写真を見たことがあったということと、
たくさん会話を(文章で)したことがあるということから
相手の性格やその子自体を分かったつもりでいました。
しかし、実際に会ってみたところ、どこかイメージと少し違っていました。
これは相手も同じだったようで、同じことを言われました。
相手も私も情報を偽っていないのに、少ない情報とやりとりで
勝手にお互いのイメージを作り上げてしまっていたのです。
人間のイメージとは恐ろしいものだと感じました。
実際に会って話してみないとわからないこともたくさんあるので、
気をつけなければなりません。
そして、ソーシャルメディアを利用することにより犯罪に巻き込まれることもあります。
簡単に人を信じてはいけないし、各々で使い方を改めて考える必要があると思います。

(✪ω✪ )確認しました。
返信削除簡単に人を信じてはいけないし←これは現実世界でもそうなんですけれど、例えば身近な例えでいうと「先生」って自分が学生時代を思い出してみると、自分とは全然違う世界の人種で、きっと何かについては秀でているのだろう(?)という漠然としたイメージで接していたような気がします。皆さんは直接会った事はないと思うのですがT准教授の前任者の先生と私は最も親しくさせてもらっていて、今でも月1デートするくらいなのですが(73歳だけどね…)10年ほどの付き合いの中で先方はいつも自分の事をよく評価してくれていたり、悩み事に意見をくれたりするのですが、ある日ふとその内容に根拠がない事に気がついたんです。あら?私騙されていたのかしら…?なんて一瞬思ったんですけれども、その虚構の事実を信じてきたからこそ頑張ろうという気になれた事も山ほどあったし、なんだか信じさせてしまう気にさせてしまう相手も凄いんじゃないかななんて思って今でも仲良くデートしています。お互いの信頼関係ってどうやって築いているのか凄く不思議ですよね。でもお互いよくしようと思っていないとそうはならないので、そこはソーシャルでも現実でも同じなんじゃないかなぁなんて思います。